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沖縄の宮古島で、カウンセラーをしながら童話を書いています。くもり時々雨のち晴れの心模様をつづっています。
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暴走列車
2013年09月24日 (火) | 編集 |
『半沢直樹』息子と2人で毎週楽しみに観ていた。
最終回のラストシーンは、えっ?!何それ? これは絶対に続きがあるな~、と思ったが、最終回も半沢直樹は、本当にスカッと、言いたいことを言ってくれた。父の仇である上司を土下座させるシーンは、本当に息をのんだ。あんな風に悪を成敗して、正義が勝ったら、どんなに気持ちがいいだろう、と思う。
だが、私の身近な現実は違う。
悪というより、異常である人の振る舞いや行いを、誰も止めることができず、ただただ堪え忍ぶか、その人の元を去って距離を置くか、それくらいしかできない。もう何年もその状態が続き、最近ではその異常さが、加速度を増しているようにも思う。
例えれば、暴走列車のようだ。もうすでにその列車自体にブレーキという機能はなく、線路さえもない。止めようとすることはすなわち、自分自身もこっぱみじんになることを意味する。
私はその人の元を去り、距離を置くことを選んだが、どうしても断ち切れない関係がある。言ってみれば、暴走列車に乗っている一員でもある。
そういう体験をしている今、じつはすごいな~と感じることがある。それは、たまたまその暴走列車に乗り合わせることになった同じ運命のメンバー同士の団結と信頼、そして腹をくくった人の強さというのか、時にその列車の異常さを笑ってみたり、時に自分たちの立場さえも笑ったり、客観視できるほど、いたって冷静なことだ。
なぜ、世の中にそんなに異常な人がいるのか、10数年前は理解できなかった。
どんなに分かろうとしても、分かり合いたいと努力しても、それは無理だった。そして世の中には、絶対に分かり合えない人がいるということが、分かった。
若い頃は、心を割って話し合えば、人と人は分かり合えるものだ、と思っていた。
でも、分かり合えないからこそ、私は本当の意味でその人を知ろうとしたし、今は(自分の考えでは)理解できないけれど、(心理学的な観点からは)理解できる。
ただ、暴走列車を止める手立てだけは、どうしても分からない。
本当に、本当に、どうにもならない問題にぶちあたったとき、人は問題の解決法ではなく、問題の意味を考えるのではないか、と思う。私の場合はそうだ。
ユダヤ系民族としてナチスに迫害され、どうにもこうにもできずただただ無力感を味わった精神科医であり心理学者であるフランクルが、その意味を考えたように、私も、今の自分に与えられた運命の意味を考えている。
私は、とうてい理解できないし、どうにもできない人に出会ったことで、今の自分があり、今の道がある。
私にとっては、心理の世界に進むことになったかなり大きな動機であり、その人との出会いが原点ともいえるわけだから、本当に意味のある人なのだ。
だからきっと、今回の人生で出会うべくして出会ったのだろう。
苦労はあるけれど、私は今の自分になれたことを、本当に良かったと思っている。
これから先、不透明だし、いろいろあるとは思うけれど、リスクがあるのが人生なんだと思う。
暴走列車に乗り合わせてしまった以上、もう覚悟はできている。
この列車の行く末を、私は絶対に見届けてやるつもりだ。
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コメント
この記事へのコメント
暴走列車。。この列車に乗っていろいろ感じることが今回の世のじゅんちゃんの課題の一つだったのかもね。
大変そうだけどほかにも乗客は居るようだから何とかみんなで乗り切ってね。でもこう考えるとこれだけ考え方の合わない人だらけの中で気の合う人ってのは貴重だね。
2013/09/25(Wed) 18:06 | URL  | あずみのりこ #-[ 編集]
ほんとうだね。気の合う人は貴重だよ~。
まあ、暴走列車とは例えたけれど、正確には毎日毎時間乗っているわけではなく、紐でつながっているような感じなんだよね~。
なので、日常は穏やかに過ごす時間の方が圧倒的に多いんだけど、まあ、切りたくても切れない縁というのは、時に重たいにゃ~、と。
2013/09/26(Thu) 22:50 | URL  | じゃんちゃん #3jISyIMY[ 編集]
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