FC2ブログ
沖縄の宮古島で、カウンセラーをしながら童話を書いています。くもり時々雨のち晴れの心模様をつづっています。
来年の今頃は…
2015年03月01日 (日) | 編集 |
今日は、高校の卒業式。
朝、小雨だったため、息子(高2)を学校まで送った。
参列する保護者の姿を見たときに、いよいよ、カウントダウン「1」が始まったんだと思った。
息子と暮せるのも、あと1年なんだなぁ~と、妙に実感が湧いた。
寂しくなるのは、ずっとずっと覚悟している。
子どもの人生を、自分の糧(かて)にするのではなく、自分の生きがいは、自分でちゃんとつくっていきたいと思う。
だから、これからの自分の夢や希望に向かって生きていこうと、こうして今を生きている。
私が大学院を卒業するのと、息子が高校を卒業するのは、同じ来年の3月。
そういう意味では、将来のことを語る息子と、今の私はある意味シンクロしていて、同じ時代を一緒に生きているように思う。
そんな風に、息子と将来の夢を語り合えるのは、本当に楽しいものだ。
でも、親の気持ちって、やっぱり、寂しさもつきまとうものなんだなぁ~と、自分がその立場になって、とても感じる。
自分の両親を思うと、どんな気持ちで送り出してくれたんだろう、と改めて思う。
こうやって、人は、年を積み重ねることで、いろんな気持ちを味わっていくものなんだなぁ。
中学の卒業式も泣けたけど、高校の卒業式もきっと泣けるんだろう。。。

ちょっと感慨にふけった日曜日。
スポンサーサイト



喪中案内
2012年12月15日 (土) | 編集 |
 数日前、喪中案内のハガキを出した。
 今年3月に夫が亡くなり、月日とともにだいぶ癒されてきてはいるのだが、このハガキを出す作業はとても気が重たかった。
 まだ知らないであろう私の友人知人だけでなく、夫の友人にも多少のコメントを書いた。
 早速ありがたいことに、数人から電話があった。みな「なぜ?どうして?(亡くなったのか)」という疑問があるようだった。ハガキにもう少し書けばよかったのかもしれない。ただ、型どおりの案内を書くので精一杯だった。余計なことを書く気持ちになれなかった、と言うほうが正しいかな。
 それでまた、なぜ死んだのか、電話で説明することになった。なるべくシンプルに伝えようとするが、それがまた難しい。
 やはり最低1年は、喪中なんだなと思った。私たち残された家族が元気でいること、笑顔でいること、幸せでいることを伝えれば伝えるほど、それはある意味、いけないことのような、そんな気がしてしまうことがとてもつらいし、重たい。

 庭にコスモスの種をまいて、チューリップの球根を植えた。ひまわりの種もまこうと思う。夫が好きだったひまわりが、来年一年忌にちょうど咲くといいなぁ。
サプライズ!!!
2012年06月19日 (火) | 編集 |
 夫がいない生活も早3ヵ月。息子と二人+ワンコ1匹に少しずつ慣れてきたこの頃。
 昨日は台風が近づくなか、暴風域に入る可能性はかなり低かったので、予定通り石垣島へスクールカウンセラーの日帰り勤務に行ってきた。
 家庭訪問があったので、先生の車を借りてほんの5分程度の道のりを走っているときのことだ。家庭訪問先の父親のことを考えていたら、これから先うちは父親がいない状態で、私は息子をちゃんと育てていけるのか不安な気持ちになっていたら、車のスピーカーから、ふと聞き覚えのある曲が流れてきた。
 それは、ディズニー映画『アラジン』のテーマソング。結婚式の披露宴で流すために、一番これがいいねと二人で決めた曲だった。
 なんで、このタイミングなのか? まるで、夫が「大丈夫だよ、いつも一緒にいるから」って言っているようだった。訪問先までほんの数分しかないのに、私は車の中で号泣してしまった。仕方がないので、近くのコンビニに車を止め、曲を全部聴いて、トイレで顔を洗ってから訪問した。
 生きている間は、サプライズなんてしたことない人だったのに、死んだらサプライズができるんだぁ。死んだ人ってどうやってそれを仕組んでいるの? まあ、たまたまの偶然なんだろうけど、でもやっぱりスゴイ! と思わずにいられなかった。
 私は生きている間に、息子にサプライズをたくさんしてあげよう、と思ったのだった。
最期のとき
2012年04月08日 (日) | 編集 |
先月16日、夫が亡くなりました。
3月6日に肝硬変で入院し、医師には当初、「まずは2週間入院して様子をみましょう」と言われました。
ところが、数日後に病状が急変し「あと1週間で脳障害、その後1週間以内に心配停止の可能性があります」と言われ、その後1週間もしないうちに、息を引き取りました。
あっという間の展開でした。
夫には告知せず、意識があるうちに友だちや親戚に来てもらい、できるだけ楽しい時間を過ごすようにしました。
眠る時間が増えても、友だちの楽しい会話にときどき返答しながら、幸せそうな穏やかな表情をしていました。
夫は、自分が死ぬことを知らないまま亡くなったのかもしれないと思っていましたが、もしかしたら、気づいていたのかもしれません。
自分の病状が悪化していくのに、たじろぐこともなく、いつものように穏やかに過ごし、いつものような会話をし、いつものように、一緒にいる時間を過ごしました。
夫らしいといえば、夫らしい最期の過ごし方だったのかもしれません。

これから少しずつ、いろんなことを振り返っていこうと思います。
新しい家族
2010年12月05日 (日) | 編集 |
我が家に犬が来た!

新居に移ったら、犬が欲しいとずっと思っていた。
犬種はプードルがいいと思っていた。
プードルは毛が抜けにくい、それが一番の理由だった。
それに、とにかくかわいいと思った。

友だちがメスのプードルを飼っていて、繁殖させようと思っていると聞いていたので、
生まれたら、うちに譲ってね!と頼んであった。
けれど、なかなか相手が見つからず、
人工授精する時期もあと半年は先になってしまう、とのこと。
どうしようか、迷っていた。
息子と何かペットが欲しいねと話しながら、
ホームセンターで、インコやハムスターを見てどうしようか相談した。
宮古のホームセンターで、犬は売っていない。
けれど、宮古にただ一軒、看板を掲げている犬のペットショップに、
「プードル」の看板が出ているのを発見。
土曜日、息子と見に行った。

血統書つきのプードルではなく、プードルのミックスだったが、
めちゃくちゃかわいかった。生後2ヵ月半。
数匹いるなかで、息子と私が一目ぼれした子犬は一緒だった。
レッド(茶色)のカーリーへヤーでおでこと胸と足の先に、ほんの少し白が混じった
ミックスのプードルだった。
聞けば、父親がプードル、母親がプードルとキャバリアのミックスということで、
その子は、キャバリアが4分の1混じったプードル(ミックス)で、メスだった。

その日のうちに飼いたいという息子の決断に対し、戸惑う私。
だいぶ前から、プードルの本まで買って、
心の中ではいつか飼おう、と思っていたのに、
いざとなると、えっ!?今日?と心の準備ができなかった。
結局、その日のうちに、息子と一緒にケージやトイレ、トイレシーツ、えさなどを買い、
準備を整え、夕方には夫と一緒に引き取りにいった。

最初、たいして乗り気でなかった夫も、
まるで赤ちゃんが我が家に来たときのように、
ぎこちなく子犬を抱いて、子どもをあやすような声で話しかけた。

「しばらくは鳴くかもしれませんが、ガマンしてください」
とペットショップのおじさんに言われたが、
その子は、初めての夜もまったく泣かなかった。
ケージの中に設置したトイレに、ちゃんとおしっこもウンチもして、
90%の確立でできている。

トイレは結構頻繁にあるので、大変ではあるが、
なにより、家の中が和む。
とにかく大人しい。
いまのところ、なかなかのおりこうさんだ。
しばらくは、家族全員、メロメロで犬中心の生活になりそうだ。
引っ越し準備
2010年08月16日 (月) | 編集 |
 ずいぶん日記をさぼったものだ。

 夏休みは、基本的にはSC(スクールカウンセラー)の仕事もオフなので、時間はいっぱいあるはずなのに。
 気分的にはちょっと落ち着かない。それは、9月に引っ越しをするから。

 おそらく、9月下旬になると思うのだが、少しずつ引っ越しの準備をし始めている。
 なんせ、いまの一軒家に暮らして7年、あまりモノを捨てられない性分なので、家具も荷物もたんとある。植物の趣味もあるので、庭の鉢植えもそれなりにある。まず、外回りからと思い、もって行く植物を厳選し、植え直したり、処分したり。まだまだ外にも片付けるものはあるのだが、最近は、家の中にも手をつけ始めた。
 今日は、アルバム類を箱詰めしたり、袋に入れたり。最近の写真は、ほとんどデータとしてパソコンやUSBのメモリーに保存しているが、子どもが小さかった頃の写真は、プリントしたものがたくさんある。
 息子がまだ1歳にもならない頃の写真は、とくに多い。アトピーがあって子育ては本当に大変だったけれど、写真に残っているのは、本当にかわいくて愛らしい姿ばかり。いとおしさだけがよみがえる。いい場面だけを残せるというのは、頭の中の記憶にはできない、写真ならではの力だなぁ、と思う。
 そばにいた息子に、改めて「生まれてきてくれてありがとうねぇ」と言った。
 生まれたばかりの頃、まだ言葉も分からない息子に、よくそう語りかけた。言葉が分かるようになってからも、何度となく言ってきた。中学生になった息子には、あまり言っていなかったなぁ。
 「何をいまさら」と言いながら、言われて悪い気もしていないようだった。
 引っ越しは、人生を振り返るいい機会のようだ。
 じっくり、振り返りながら片付けていくとしよう。
小学校の卒業式にて
2010年03月21日 (日) | 編集 |
 昨日は、息子の卒業式だった。
 私は、式の後半に保護者代表で「呼びかけの言葉」というのを、読むことになっていた。
 それは「謝辞」とは別に、今年新たにプログラムに入れたもので、保護者のお父さん、お母さんを代表して1人ずつ、それに担任の先生2人が、式の最も後半に、呼びかける言葉を読むというものだった。
 呼びかける言葉の案は、先生によって用意されていたのだが、いただいてから、自分の言葉にして伝えたかったので、多少手直しし、息子の友だちのお父さんと2人で、前日にリハーサルをした。
 リハーサルのときから、感動して言葉につまりそうだった。

 いざ、本番。式が始まると、卒業証書を受け取った子どもたち一人一人が、感謝の言葉やこれからの目標などを言う場面で、子どもも、先生も、会場の保護者らも泣き始め、こりゃ、だめだ。やっぱり、ちゃんと読めないかもしれないと思う。
 式の中盤、来賓祝辞や記念品贈呈など、硬い場面が続き、涙も一段落。これなら、大丈夫。もう泣くのは終わった。ちゃんと読めそうだと思う。
 そして後半。在校生の歌や、卒業生の歌になり、また、涙が流れ始め、まいったなぁ。やっぱり、ちゃんと読めないかもしれないと思う。
 そして、クライマックス。会場の中央に用意された壇上に、私、もう1人保護者代表のお父さん、担任の先生2人、合計4人がならび、私から呼びかけの言葉を読み始めた。
 「あなたを はじめて 抱いたとき」という1フレーズ読んで、もう言葉が震え始め、涙が込み上げてきてしまった。つぎに続く、「生まれてきてくれて ありがとうと 心から思いました。」を必死に読んだ。
 やっぱり、泣けると思いながら、きっと上手に読むより、この方が会場も感動するだろうと思ったりもする。案外、自分の状態を客観的に見つめる自分もいた。うるうるしながらも、いちおう、最後までお父さんと2人、読み上げることができた。
 次に、先生方。とくに女性の先生は、号泣して、言葉にかなり詰まっていた。でもその姿や、その言葉の内容が、これまでの出来事のありのままが伝わる、とても感動的なメッセージだった。
 その場面で、さらにもらい泣きし、壇上で涙がとめどなく流れた。

 体育館を出て、花道を通ってきた息子と握手を交わし、「ありがとうございました」としっかりお礼を言う彼の目は、これまでに見たことがないくらい、泣きはらして真っ赤なのに、凛としてすがすがしい、笑顔のいい表情をしていた。
 自分の息子のことではあるが、彼の体だけでなく、心がしっかりちゃんと、感受性豊かに育っていることを、とてもうれしく思った。
 卒業式って、こんなに泣けるものだったんだなぁ。
 親をやらせてもらって、ホントにありがとう。
現代の機器に悪戦苦闘
2010年01月21日 (木) | 編集 |
 小6の息子が、お年玉でiPod(アイポッド)を買った。
「CDで十分じゃない?」と言っていた私。つまるところ、新しいものにチャレンジするのが面倒だった。パソコンを使うらしいということは分かっていたのだが、だとすると、私がある程度使い方を知らないと、勝手にパソコンをいじられても困るし…。
 ということで、ここ数日、MP3やら、iTuneやらを勉強している。ずっと以前、何かの景品でMP3プレーヤーをもらったのだが、使えずにあきらめていた。そこで、まずはそれから使えるようになろうと、棚の奥から引っ張り出した。ネットであれこれ調べて格闘すること数時間。結局、数年前にもらったMP3プレーヤーは、赤いランプが光るだけで、まったくメロディーを奏でることはなかった。もらった安物(たぶん、そんな感じ)に、労力と気力を使うのはやめにした。
 さて、iPodはどうかといえば、さすがマック。iTune9のインストールさえすれば、インポートしたCDは、線をつなぐだけですぐに聞けるようになった。
 しかし、息子の要望は、YouTubeの映像を、iPodで観たいのだという。たしかに、それができれば、ただでいろんな歌が映像入りで楽しめる。これもまた、ネットであれこれ調べながら試行錯誤すること数時間。やっと一番簡単と思われる方法を見つけ、さっそく息子の好きなマイリー・サイラスやいきものがかりをiPodに入れた。
 今は、本当にスゴイ世の中だ。私が子どもの頃、こんなに小さくて軽くて、薄っぺらな機械で、これほどのことができるなんて、まったく想像すらできなかった。
 だけど、こうした現代の産物は、パソコンやインターネットがなければ、その恩恵にあずかることはできない。まさに、デジタル・ディバイド(情報通信技術が使えるかどうかで広がる格差)が進んでいると思う。
 今は、なんとか息子の先を行っているけれど、そのうちに、息子が私に教えてくれるようになるのだろう。
 でも、本当は、もうすでに息子に教えてもらっていることも多いような気がする。
 マイリー・サイラスも、いきものがかりも、そしてiPodも、聞きながら、いじりながら、けっこういいなぁ、と思う私なのだった。

 ちなみに、YouTubeをiPodで見るのに簡単な方法は、こちらからどうぞ。
遊んで疲れた学年レク
2009年07月06日 (月) | 編集 |
 今日は朝からぐったり。息子も「昨日の疲れが残っている~」と第一声。私もだ~。
 楽しかった6学年の親子レクリエーション。張り切りすぎたわけでもないけれど、朝から野外炊飯でカレーをつくり、昼食の後は山林を散策し、最後は大縄跳び。
 まあ、遊んで疲れているのだから、仕方が無い。
 
 最近、PTAの活動で学校へ行くことが多い。
 東京へ引っ越した友だちの話では、学校へ親が入るのも入校許可証が必要だとか、子どもを放課後少し残す場合は、先生は保護者にメールをするだとか、という話を聞くけれど、ここ宮古島の学校では、そういうことは全く無い。
 地域の人たちが自由に出入りできる開かれた学校だと思う。
 まあ、それはいいと思うのだが、親としては、学校からの帰りが遅くて気になることもある。
 よい面、よくない面というのは、必ずあるものだ。
 
 それにしても、最近の息子は、5年生のときとはまた変わってきている。
 1年の差でも、最終学年となると、やっぱり本人の意識も違うんだなぁと思う。
 夜は自分で目覚ましをセットするし(起こすのは、結局私だけれど)、早めに朝ごはんを食べたら、7時半にはもう登校して、朝の活動をしているらしい。

 学校の活動に参加して、親も遊んで楽しんで、疲れた~と言っていられるのも、息子がいてこそ。
 やっぱり、息子に感謝。
夢を実現するドラマ
2009年03月25日 (水) | 編集 |
 小学5年生の息子が学年全員の作文が載った文集を持って帰ってきた。その名も『夢』というタイトルの文集。息子のクラス2組では、「20年後の自分」というのがテーマになっていた。
 20年後の自分に手紙のような語り口で話しかける子、20年後の自分を想像して夢を語る子、文章のスタイルもさまざまで、いろいろな思いがあふれていた。
 うちの息子の夢は漫画家。だいぶ小さい頃から、絵を描くのは大好きで、ここ数年ずっとそう言い続けている。いまではノートに自作のマンガも描いている。夢中になっているときは、寝る時間をとっくに過ぎても「あと3コマだけ、待って」といいながら、すごい集中力だ。
 そんな息子の作文を読んで感心したのは、自分の人生も、すぐに夢が実現できるわけではなく、失敗することも計画に織り込んでいることだった。
 まるでドラマの主人公が苦しみの末に、やっと成功を手にするように、自分の人生をも計画しているとは、クライマックスという観念をすでに心得ているのかもしれない。
 
 もうすぐ、栃木の実家に息子と二人で帰省する。今回は、彼の行ってみたいという某出版社にも足を伸ばしてみようと思う。
 息子の夢に引っ張られながら、私も夢を育むぞ。